街並みと緑が美しい鎌倉。観光客が行き交う通りを離れた、静かな場所にあるコレクティブオフィスに拠点を置く梶友宏さんは、もともとユニクロのインハウスクリエイティブチームのリーダーとして活躍。ブランディングやコンセプトメイキングを手掛け、数々のヒット商品を生み出してきました。プライベートでは同じ会社に勤めていた陽子さんと結婚し、2人の子どもを授かりました。梶さんは2019年にクリエイティブカンパニー「株式会社トモダチ」を創設。ブランディングに関わるクリエイティブ事業とオーベルジュという宿泊型レストランを運営しています。独立当初は会社員時代と同じく、東京で暮らし、働くことをイメージしていたという梶さん。鎌倉を拠点に移された理由を聞くと、意外な答えが。
「なんとなく縁が繋がったというのが一番大きいですね。独立した当時、〈面白法人カヤック〉の柳澤大輔さんにお会いしたんです。彼はいろんな人に鎌倉移住を勧めている人なので(笑)、『梶さん、サーフィンするんだったら鎌倉いいんじゃない?』と。昔から妻とは年に1、2回は鎌倉を訪れていて、二人とも好きな街でした。自然豊かで東京へのアクセスもいいので、ここに住むのもいいなと思うようになって」
移住は妻・陽子さんの仕事やお子さんたちの保育園など、家族それぞれの環境が変わるため、梶さん一人では決められません。当時、移住の話を聞いた時の陽子さんの率直な気持ちは「保育園どうするの?」だったと言います。
「夫から話を聞いたのが2月。当時、私は下の子供の育休中で4月に職場復帰をする予定でした。前の職場にも戻ることは伝えていたし、上の子と下の子が同じ保育園に入れるよう1年も前から準備していたのに『何を言っているんだろう』と戸惑いました。ただ、それと同時に、新しい場所に住むということが面白そうだなとも思ったんです。職場に戻れることはとてもありがたいことでしたが、戻るよりも前に進むタイミングなのではないかと」
ネックになるのはお子さんの保育園。どうしようと思った時、梶さんに鎌倉行きを勧めた柳澤さんの会社〈カヤック〉に保育園があること、そこにお子さん2人が一緒に通えることがわかり、話は大きく進みます。
「〈カヤック〉を調べてみるとちょうど広報職を募集しているということで、私は前職で広報を担当していたので、その経験を活かせるのではないかと。業種は違いましたが、ここで転職をすることで自分のキャリアも広がるような感じもしました。〈カヤック〉は職住近接を推進している会社で、鎌倉に移住して〈カヤック〉に勤めたら、家、保育園、会社、それぞれ徒歩圏内で通えるようになる。東京ではなかなか難しい理想的な環境がここにはあると思いました」と陽子さん。
梶さんと移住を検討してから引っ越すまで約2ヶ月というスピーディーさ。上の子が4歳、下の子が1歳の時でした。
移住後、梶さんはご自身の会社を経営、奥様は〈カヤック〉に勤めながら、広報チームを率いるという多忙な日々が始まります。二人の職場環境はガラリと変わりましたが、家事・育児の分担にはいい変化があったそうです。
「東京に住んでいた時は夫の出社時間が朝7時で子どもの送り迎えができなかったので、基本的には育休中の私がすべてやっていました。移住後は私がフルタイムで働き出したこともあり、また、夫はある程度、自分で出社や退勤時間をコントロールできるようになったので、子どもを保育園に送ったり、早く帰れる日は夕食を作れるようになりました」と陽子さん。
夫と妻、家事の理想のバランスについて梶さんに聞くと、「ここ最近はオーベルジュの開業があったため、家事・育児はほぼ妻にお願いしてしまっていますが、夫5、妻5で家事・育児分担するのが理想。その状況をなかなか作れていないのが正直なところですが」。
共働き家庭の家事・育児の実情を語ってくれた梶さんにキャリアと家族との関係で悩んだ経験がありますか?と聞くと“結構あります”と正直に話してくれました。
「実は一度、妻と大喧嘩したことがあって。僕が独立した後、仕事が忙しく、なかなか子どもと一緒に過ごす時間が取れずにいたので、『子どもと仕事、どっちを取るの!?』と選択を迫られました。その時、悩んだ挙句『仕事を取る』と言ったんです。それは子どもがかわいくないからというわけでは決してなく、会社は僕が今いなくなったら成り立たなくなるけれど、子どもは妻がいれば一応は生きていけると思ったからです。どちらかを選べと言われたら、僕は会社を選ぶしかない。妻はかなりショックを受けていました」
この時のことを陽子さんはこう振り返ります。
「夫はストイックで、0か100かの人。答えを聞いた時『そういう選択になるだろうな』と思いました。一時は離婚も考え、1人で2人の子供を育てる方法も考えていました。ただ、それと同時に、果たして夫にとってこの選択はいいのだろうかとも思いました。新しい事業に奮闘していることはよくわかりましたが、時間や精神を取られすぎて、バランスを失っているようにも思ったんです。当時私自身、新しい職場でフルタイムとして働き、家事・育児に追われ、余裕が持てずにいましたが、彼の話にもきちんと耳を傾けるようになりました。すると、本人が何に悩んでいるのかがより具体的にわかるようになってきて。経営者は孤独です。家に相談相手がいるということが心の支えになっている感覚がありました。また、子どもたちに『パパと別れるかもしれない』ということを伝えた時、ショックを受けていたという話も夫にして。少しずつ、家族と仕事のバランスを見直そうという気持ちになってくれたようです」
「僕は子どもたちと過ごす時間もほとんど取れなかったですし、特に下の子は妻に懐いているので、父親が不在でも平気だと思っていましたが、『離婚はいやだ』と。そう言われるなんて思っていなかったので、胸に迫るものがありました」と梶さん。
この一件の後、もっと子どもたちのためにできることを考えようと頭を切り替えたと言います。それが昨年5月に開業した千葉県いすみ市のオーベルジュへとつながります。
「地方創生事業をやっているのは子どもたちの存在が大きいんです。千葉県いすみ市には僕の先祖が代々受け継いできた土地があり、昨年5月に開業したオーベルジュは僕の祖父母がかつて暮らしていた古民家を改修したものです。子どもたちとの向き合い方を考えてからより一層、僕が幼少期に過ごしてきたこの自然豊かな里山の風景を未来に残したいと思うようになりました。地方創生事業をそのまま子どもたちに継承したいというよりも、この場所をうまく活用して、未来への橋渡しができればいいなと思っています」
会社員時代は出社時間などコントロールできないところもたくさんあったという梶さん。忙しい日々の中でも家族の時間を作るためにこんな工夫をしていたと言います。
「妻とはなるべく同じ趣味を持つように心がけていました。子どもが生まれる前はサーフィンやゴルフなど僕の趣味によく付き合ってもらっていましたね。独立してからは妻には僕の仕事の相談も受けてもらっています。信頼している家族だから安心して話せるということもありますね。ただ、家でリラックスしている時に『あの件どうなった?』と急に仕事の話になることがあり、『えー、今、その話する!?』と思うこともありますが(笑)」
“仕事を家庭に持ち込まない”という家族が多い中、梶さん一家のルールはなかなか特殊。それは、梶さんがお子さんに仕事をしている姿を見せた方がいいと思っているからだそう。
「子どもは親がどんな仕事をしているのか知っている方がいいと思うんです。自分が仕事で作ったものを子どもに見せるようにもしていますし、海外の仕事仲間が来日した時は、家に招待して子どもたちと一緒に食事をすることも。オーベルジュのポップアップイベントをした時は子どもたちが呼び子の手伝いをしてくれました。親のそばで、なんとなく仕事って楽しそうだなって思ってくれるとうれしいです。ただ、家で妻と仕事の話をしていることを、子どもたちがどう感じているかわからないですけどね。2人でヒートアップすることもよくあるので(笑)」
「私も、親が楽しそうに仕事をしている姿を子どもたちに見てほしいと思っています。家族で一緒にいる時もごく自然に仕事の話をするので、上の娘は『なになに?』と興味深そうにしています」と陽子さん。
梶さんに、ご自身が育った環境についても伺ってみました。子どもに仕事をしている姿を見せたいというのは梶さんが育ってきた環境にも関係しているのでしょうか。
「僕の父の会社ではオープンデイがあって、なんとなく父の職場ってこういうところなんだなとか、こういう人たちと働いているんだということは知っていましたね。父はソニーでラジオを作っていて、ある日、『これでラジオを作ってみたら』と基板とハンダコテを持って帰ってきたことがありました。当時無線ラジオが流行っていたんですよ。ラジオ免許を取って、自分で作ったラジオで日本各地に住むいろんな人たちと無線で話していました。パソコンを導入するのも早く、Macintosh2もあったりして、とにかくガジェットの多い家でした。そうした環境だったから、僕自身、ものを作る喜びが芽生えたのかもしれません」
働き方、住む場所などを変え、家族とともに理想の生き方を追求している梶さん。家族と仕事は互いに影響し合うと思う、と言います。
「『子どもと仕事、どちらを取るか』という選択を迫られた時、家族と離れて一人で頑張れたかと振り返って考えると疑問です。仕事が大変な時、家庭が安定していると支えになりますし、妻や子どもの存在が励みになります。ある時、クライアントに謝りに行かないといけないことがあって、気が重いなと思っていたのですが、学校に行きたくないとごねていた娘が泣きながら頑張って通学している姿を見ると、『僕が行きたくないと言ってられない』と頑張れました」
移住先の慣れない環境の中、新しい事業を立ち上げ、仕事に邁進してきた梶さん。将来お子さんが大きくなったら一つの夢がある、と教えてくれました。
「地方創生事業もそうですが、家族と仕事をあまり切り離さず、積極的に妻や子供とも仕事の話をしていきたい。そして、将来は子どもたちと一緒に海外に行けたら。僕自身、アメリカの大学に行ったことで視野が広がったので、子どもたちにも若いうちに留学してほしい。子どもたちの留学先に合わせて僕も海外に支社を作れたらいいなと思っています」。
海外移住は陽子さんも賛成、と言います。
「場所を変えるということは考え方を変えるチャンスだと思っています。鎌倉に引っ越す前は、『移住なんて大変だし、無理!』と思っていたけれど、実際に鎌倉に来てみると、周りは移住組も多いですし、二拠点/多拠点生活をされる方も少なくありません。そういう軽やかな生き方ってすごくいいなと。夫が突拍子もないことを言い出しても『無理無理!』と頭から否定せずに、それに乗っかって、面白がって生きていく人生も楽しんじゃないかと思っています」。
最後に住みたい国はありますか?と梶さんに聞いてみました。
「娘はパスタが好きで、将来料理人になりたいというので、『じゃあ家族でイタリアに行く?』という話もしています。まだ9才なので、この先どうなるかわからないですが、そういうことを家族で話しているのが楽しいですね」
さん
株式会社トモダチ 代表取締役
かじ・ともひろ アメリカで大学生活を送った後、帰国。デザイン会社勤務を経て、2008年株式会社ユニクロに入社。クリエイティブチームを設立し、アートディレクターとして数多くのプロジェクトを手掛ける。2019年、株式会社トモダチを設立。ブランディング事業、オーベルジュの企画・運営まで幅広く活動。JAGDA日本グラフィックデザイン協会正会員。 <わたしの職務経歴書> 2023 古民家貸切オーベルジュ 「季舟庵」オープン 2020 プロデュースとクリエイティブを手掛けた「ヌー. トウキョウ」オープン 2019 独立し、株式会社トモダチを設立と同じくして鎌倉へと移住 2008 株式会社ユニクロに入社しアートディレクターとして勤務 2007 アメリカ・アカデミー・オブ・アートユニバーシティ <これまでに挑戦したこと> ・ヒートテック他のブランディング ・レストラン「ヌー. トウキョウ」のプロデュース ・古民家貸切オーベルジュ 「季舟庵」オープン ・当直連携基盤株式会社のリブランディング ・株式会社ドットラインのリブランディング など
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