2024/03/12
「男性は主要な業務、女性は補佐的業務」という性別役割意識が徐々に解消されつつあるものの、依然として女性の管理職や上級職は少ないのが現実。「女性のホテル総支配人」という役職もまだ珍しく感じられるかもしれません。〈ANAクラウンプラザホテル神戸〉総支配人の原めぐみさんは2016年に40歳という若さで、「IHGホテルズ&リゾーツ」にて、当時国内では少なかった女性総支配人に抜擢。以降、確実にキャリアを築きながら、女性の活躍を後押ししています。原さんの躍進には夫・茂紀さんの存在が深く関わっているそう。働き方に合わせて家族の形をフレキシブルに変えていく原さん、茂紀さん夫妻に話を伺いました。
「インターコンチネンタル」や「ANAクラウンプラザホテル」など世界で100以上のホテルブランドを展開する「IHGホテルズ&リゾーツ」にて、当時国内では少なかった女性総支配人となった原めぐみさん。キャリアのスタートはオーストラリアでした。
「高校生の頃からホテル業界に憧れていましたが、時代は就職氷河期真っ只中。希望するホテルへの就職が難しいと感じたので、思い切って国外に出ようと。海外で経験を積み、語学力を磨くことにしたんです。それで約1年間、オーストラリア〈シェラトン・ホバートホテル〉に務めました」
フロント業務と飲食部門で経験を積み、帰国。語学力と接客力を高く評価され、新宿にある〈ヒルトンホテル東京〉に就職。そして、入社2日目に上司からかけられた言葉が、その後のキャリアに大きな影響をもたらしたと言います。
「“もし、マネージャーになりたいんだったら、30歳までに自分の方向性を決めた方がいいよ”と。たしかに周りを見渡してみると、現場での仕事は20、30代がメイン。40、50歳になると経理や総務などバック部門に行くか、辞めるかしかない。自分の特性を活かして長く勤めるならスキルを磨く必要があるんだと目が覚める思いでした」
そこで原さんが興味を持ったのがIT分野。当時、ホテルの予約システムがWindows95を使ったオンラインシステムに切り替わった時期で、原さんは「これからはITの時代だ」と強く感じたそう。その後、ホテル業界向けのシステム企業に転職し、システムのトレーナーとして知識や技術を磨いていきました。そこから転機が訪れたのは30代前半のこと。IHG・ANAホテルズグループにITシステムを導入するため、プロジェクトマネージャーとしてオファーを受けたのです。
「IHGとANAがホテル事業運営における戦略提携を開始した転換期でした。外資系システムと国内系システム、そしてホテルシステムのことを理解している人が私しかいなかったんですね(笑)。ホテル側に入って運用を担当してほしいということだったので、2007年に〈IHGホテルズ&リゾーツ〉グループに入社しました」
IT担当部長を勤め、その後テクノロジー総括部長へ昇格。その時すでに総支配人になることを想像していたのでしょうか?と聞くと、「いえいえ、まったく!」と原さん。
「IT部門で長く働けたらと思っていたんです。ただ、この業界は技術の変化が速く、常に学び続けないといけません。もともとアカデミックな訓練を受けたエンジニアではないので、このスピード感でこの先もやっていけるのだろうかという不安はありました。また、テクノロジー総括部長に就任したことはガラスの天井をついている状態でもあったんです」
社内では業界に先んじて女性責任者の起用を積極的に取り組んでいたこともあり、原さんに総支配人への打診がありました。ただ、原さんは「初めは断ったんです」と教えてくれました。
「女性マネージャーの必要性は理解していたものの、私に総支配人が務まるだろうかと。もし、お客様から苦情が入った時、私がお詫びに訪れても『女性のスタッフじゃ話にならん!』と言われることもあるだろうし、また、年上の男性社員も多いので私では頼りないと思われるのではないかという不安もありました」
能力はあっても女性総支配人がなかなか増えない。それは、従来の性別役割の固定概念がなかなかなくならないことも一つの原因なのでしょう。迷う原さんの背中を押してくれたのが夫の茂紀さん。当時のことを茂紀さんはこう振り返ります。
「『めぐみがやりたいことだったら、やってみたら?不可能なことはないと思うよ』と。単純にそう思ったんです。また、妻はもともと出張が多く、業務量も多かったため、総支配人になっても私たちの生活が大きく変化するという心配もありませんでした」。
そこで前向きに総支配人になる決断ができたという原さん。ただし、一つネックになっていたのが転勤です。全国に多くのホテルを展開する〈IHGホテルズ&リゾーツ〉では、総支配人は2、3年サイクルで転勤することが通例のため、当時企業に勤めていた茂紀さんはこれまでと同じ働き方ができなくなってしまいます。原さんはそれが気がかりでした。
「夫はバリバリ仕事をしていたので『どうする?』と聞くと、ここで一度家庭に入るのも良さそうだと、会社を辞め、主夫になりました。また、私の転勤が増えることについても、その土地ならではの楽しみを見つけられる、とポジティブに捉えてくれました」
原さんが総支配人になってから、それまで以上に茂紀さんの存在が大きくなったと言います。
「複雑なシチュエーションで物事を決断する立場になり、相談相手がおらず迷うことも増えました。総支配人になったばかりの頃は毎日頭がいっぱい。ヘトヘトになって帰ってくる私に夫は肩の力が抜けるような言葉をかけてくれるようになりました。時々、仕事の悩みを吐露すると、視界が開けるようなアドバイスをくれることもあって、とてもありがたいです」
そのことについて、茂紀さんは心がけていることがあると言います。
「妻の話をあまり親身になって聞かないようにしています。楽観的な姿勢を忘れずに。また、食事や一緒に外に出る時間を作ったりして、妻をストレスから解放するようにしています」
そうした茂紀さんのさりげない優しさが、原さんを常に最前線で立ち続けられるようにしています。
「夫は日々の料理や洗濯、愛犬たちの世話だけでなく、行政書類の準備など事務的なことまでやってくれています。また、アドバイスを請うと客観的な視点を与えてくれる。彼自身、対外的には『主夫です』と言っていますが、私にとって一番身近なビジネスパートナーですね」
男性が家事をして、女性が外で働く。特別なことではないと頭ではわかっていても、なかなか理解が進まない。原さん自身も何気ない一言にそう感じたことがあったそうです。
「“夫は主夫をしている”というと、『旦那さん、それでいいの?』と言われたことがあります。つまり、夫が妻に支えられているのが嫌なんじゃないかと。私たち夫婦は何の戸惑いもなく自然にこういう形を取っていて、夫は会社を辞めてから、“時間のゆとりを実感できるようになった”と言って、今まで以上に楽しく生活をしています。でも、人によっては違う受け止め方もされることもあるのですね。また、『私もバリバリ働きたいけど、夫のプライドが…』という女性スタッフもいます。男性のプライドを立てるために諦める必要はなく、どう折り合いをつけるのか。お互い納得するまで話し合うことが大事だと思います」
男性が働いて家族を支えるという固定概念から脱却し、妻と夫、それぞれがフレキシブルに役割をスイッチすることで多様な働き方が可能になる、と原さんは言います。そのためには、夫婦同士の話し合いだけではなく、職場環境の意識改革も大事。
「ホテル業界では『子どもを育てながらこの仕事は続けられないのでは』と不安に感じている女性スタッフもいます。彼女たちが安心して子どもを産み、育てながら働くためには、男性が主体的に子育てができるよう職場を整える必要がありますよね」
昨年、日本では育児・介護休業法が改正され、「産後パパ育休」が創設。育児休業の分割所得も可能になりました。ただし、2021年の時点で男性の育休取得率は14%にも届いていません。
「制度はあっても使いづらいのが現状。たとえば、男性従業員が育休で1ヶ月でも現場を離れることに対して難色を示す人も残念ながらいます。それは『今、抜けられたら困る』と感じているから。でも、本当にそうでしょうか?たとえば、一緒に働いていた仲間が突然事故に遭ったり、家族の看病・介護が必要で一時的に現場を離れることになったら、うまく仕事をカバーしますよね。それと同じことがなぜ出産・育児で許されないのか。私は何の問題もなく『どうぞ休んで』と言ってあげられる環境を作りたい。そのためには組織を運営してく上で、一人一人が仕事を抱え込みすぎないよう配慮して、たとえ一時的に一人が欠けても問題なく動ける持続可能なチームを作りたいです」
そうした信念を持つようになったのは自身の経験が深く関わっていると打ち明けてくれました。
「私は一度流産しており、働きながら家族を増やすことができませんでした。私のように悲しい思いを誰もしてほしくないし、産休や育休を取ることに罪悪感を持ってほしくない。幸いにして、総支配人というポストを与えてもらったことで安心して働ける職場環境を整えるチャンスが巡ってきたと思っています。今の立場は大変なことも多いですが、もっといい状況を作っていけると信じて、夫と日々の生活を楽しみながら仕事に取り組んでいきたいですね」
さん
IHG・ANA・ホテルズグループジャパン ANAクラウンプラザホテル神戸総支配人
はら・めぐみ/1973年 東京都出身。 日本ホテルスクール卒業。オーストラリアのホテル、ヒルトン東京を経て、ホテルシステム会社に転職。コンサルタントを務める。 2007年、IHG・ANA・ホテルズグループジャパンへ入社。IT担当部長を経て、2016年にANAクラウンプラザホテル福岡総支配人に。 2023年より、ANAクラウンプラザホテル神戸総支配人に着任。
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